スプリントを付けたまま食事もする。 どうしても、歯とスプリントの間に食べたものが入ってしまうので、食後は入念に歯磨きをすることになる。何か食べたらすぐに洗面所に行く。こんなに頻繁に歯磨きをするようになったのは初めてだった。 そもそも根本的に虫歯をつくらない。食べたらすぐ磨くという習慣を徹底していれば、こんな目には遭わなくて済んだのかもしれない。 こうして否応なく頻繁に歯を磨くようになって、今まで口の中のことをいかにいい加減に考えていたか思い知らされた。 スプリントは初めのうちは違和感があった。一度やニ度調整しただけではダメらしい。人によってはすぐに正しい位置が決ることもあるらしいが、早くて5回、人によっては半年から1年かかる場合もあるという。 顎関節症の治療がそんな大それたものだとは思っていなかったし、治療費もできるだけ安く済まそうと考えていた。考えが甘かった。どんなに時間がかかったとしても、この歯科医院での治療を信じて根気よく治していくしかない・・・。 この歯科医院は全国的に有名なのか、患者さんがひっきりなしにやってくる。そのほとんどが顎関節症の患者さんのようだった。こんなにたくさんの人が顎関節症の自覚症状があるのかと驚いた。顎が鳴ったりずれている人は多いと知っていたが、自分のようになんらかの症状が体に出る人は少ないと思っていたからだ。実際、新聞やテレビ等でも顎関節症なんてたまにしか取り上げられない。現状はもっと深刻なのかもしれない。 自分にとっての正しい顎の位置(スプリントの形状)はなかなか決らなかった。どこで噛んでいいのか分からない。当たりの悪い部分を削る。低い所は足すという調整を何度も繰り返した。 「正しい噛み合わせの位置というのは、何かこうセオリーみたいなのはないんですか。この歯がこうなっていたら、ここがこうなるみたいな」 なかなか良い位置が見つからないので、スプリントの調整をしていただいている方に聞いてみた。 「ケースバイケースですね。どこをどうしていくかは人によって異なります。噛んで違和感のない位置が正しい位置ですね。やがて体が自然にその位置に顎をもっていくはずです」 体が顎を正しい位置にもっていく・・・。 なんとなく説得力があった。その言葉を信じてみることにした。 ここが変な当たり方をしている。ここが低い。こっちが高い・・・。1週間か2週間おきに調整をしていた。本来は1ヶ月に一度くらいの調整だというが、自分は予約を早めてもらった。数日経つと必ずどこかが当たりが悪くなってしまうのだ。合っていないスプリントを付け続けるのは苦痛だった。 しかも左がやたらと高くなっていて、薄い右側がよく割れていた。何度か食事をすると小さいヒビが入ってしまう。大抵、次の食事中に穴が開いて割れてしまうのだった。 このころから、無理に動いたり余計な事に神経を使うのをやめた。顎関節症が進行してしまった人は、肉体的、精神的に負担のかかることは避けた方がいいと思う。顎関節症に限らず、どんな病気にもストレスはよくない。無理をすれば悪化してしまう。 スプリントを付け始めて2ヶ月ほど経ったが、相変わらず割れを繰り返していた。左が異常に高い。それに、もっと奥歯で噛みたいという感覚がある。しきりにそれを訴えた。 「以前親知らずを抜かれたことはありますか?」 「いえ。親知らずは生えてません」 「変ですね。親知らずがあった方とかだと、もっと奥で噛めるはずだというような感覚が残る場合もあります。ファントムペインみたいな」 なぜ左に違和感があるのか。なぜ頻繁にスプリントが割れてしまうのか。最初のうちは、自分も調整していただいている方にも原因が分からなかった。
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