最大の元凶

何度調整してもスプリントが割れてしまう。

「左下の奥から2番目、6に詰めてあるインレーがやたらと低い気がするんですよね。試しにこれを外して、仮の詰め物をしてみようかと思うのですが」

何度目かの調整の際、技工士の方からこんな指摘をされた。

確かにその歯は以前からくぼんでいる感覚はあった。右の6番と比べると、ほとんどクレーターのような形状をしていた。そのせいで左右の高低差が生じてしまい、スプリントもバランスが悪くなり、頻繁に割れてしまうのではないかとのこと。

詰め物を取るのか・・・。不安はあったが、こう何度もスプリントが割れてしまうのでは話にならない。その詰め物を外し、仮のレジンに変えてみることにした。

その帰り道、なぜか眠気がして車を止めて仮眠をとった。運転中に眠くなるなんてことはあまりない。家に帰っても眠たくてすぐに寝てしまった。

次の日目が覚めると、首の周りが熱かった。触ってみると、驚いたことになんとなくふっくらしている。顎の周りもそれまで骨と皮だけといった感触だったのが脂肪が付いた感じだった。

一晩寝ただけで起きたこの変化には正直驚いた。

それからは以前とは比べ物にならないほど体調が良くなった。奥歯の6番は噛み合わせの際、高さを保っている歯として重要な役割をしているらしい。咀嚼運動の主役はこの歯なのだ。それが指摘されるまで低いままだった。バランスが崩れてしまうのは当然だった。

その詰め物はたしか中学生くらいの時に入れたものだった。そして、実は5年前に一度外れてしまったことがあったのだ。

5年前、自分はまだ学生で卒業のための課題制作に追われていた。とても忙しくて寝る間を惜しんで取り組んでいた。その作業中、左下6番の詰め物がポロッと取れてしまった。

そこでいつも通っている近所の歯医者ではなく、駅前の歯医者に行って入れ直してもらった。掛かり付けの歯医者に行かなかったのは、そこでやってもらうとまた外れるかもしれないと考えたのと、歯医者なんてどこでも一緒だと思っていたからだ。

しかし、その駅前の歯医者で詰め直してもらったインレーは2日も経たないうちにまた外れてしまった。忙しくなってしまったために、そこですぐに歯医者に行かず、そのまま放置してしまい、しばらく経ってから直したのだった。それがどんなに恐ろしい結果をもたらすのか、その時はまだ知る由もない。

そうこうしているうちに左の顎関節が鳴り出した。まだ痛みはなく、音がするだけという状態だったので別に不自由はなかった。ただ、寝起きに顎が開けづらくなってきたのと、こめかみの筋肉がピリピリと痛みだしたので市内にあった顎関節の研究をされているという歯医者さんのところに行った。ここが前述のマウスピースを作っていただいた歯科医院だ。

「あなたのは歯ぎしりが原因です。寝る時にマウスピースをして寝てください」

それきりそこには行かなかった。マウスピースも5年間、引き出しの奥にしまわれていた。

この時、別の歯科医院を探すなりして、なんらかの処置をしていればここまで悪化させることはなかったのかもしれない。結果的にそのマウスピースが後になって役にたった訳だが、もう少し顎関節症について調べるなりしていればと思うと悔やみきれない。

思い返してみると、その5年前に顎が鳴り出したのと同じ時期に整形外科にも行っていた。左の肩甲骨の辺りが痛くて気になっていた。レントゲンを撮っていただいたが、異状はないと言われた。今になって思うとその時すでに異変は起きていたのだった。

それから数年間、工場勤めなどを経て、自分から進んで体のバランスを崩していたことになる。工場での肉体労働が決定打となり、両腕の機能が一気に落ちた。その後行った整体で「そのうち歩けなくなるよ」みたいなことを言われたわけだ。

事実最もひどかったときは歩行も困難だった。まっすぐ立つ事ができず、左に傾いていた。なぜか左の踵が低くなった気がした。靴紐をきつくしても、なんとなく踵が不安定になってしまう。左だけ靴の中敷がないような感触だった。

こうして左下6番が低い。元々入っていたインレーの形状がおかしかったということが判明した。前の歯医者では低くなっていた噛み合わせをさらに削って下げていたことになる。良くなるわけがない。ここからその顎をいかにバランスのとれた位置にもっていくかという段階に入れたのだ。

 



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